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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(あ)459号 決定 1983年2月25日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人武川基の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、量刑不当の主張であり、弁護人榊原正峰、同藤井昭治の上告趣意は、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、行使の目的をもって、ほしいままに、第一審判決判示の裁判所書記官の認証がある裁判所の固定資産処分許可書謄本を利用し、これを一たん電子複写機で複写したものにつき、許可事項欄の土地名、申請年月日・裁判所受付印・許可年月日の各欄の日付、売却不動産表示欄の不動産、売却代金欄の金額、仲介手数料欄の手数料額、仲介業者欄の仲介業者名、許可申請理由欄の理由の各記載に改ざんを施し、これを更に電子複写機で複写する方法により、あたかも真正な右許可書謄本を原形どおり正確に複写したかのような形式、外観を有するコピーを作成したというものであるが、そのコピーは、右許可書謄本と同様の社会的機能と信用性を有すると認められ、刑法一五五条一項の有印公文書偽造罪の客体にあたると解するのが相当である(最高裁昭和五〇年(あ)第一九二四号同五一年四月三〇日第二小法廷判決・刑集三〇巻三号四五三頁参照)。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官木戸口久治の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官木戸口久治の意見は、次のとおりである。

私は、公文書のコピーが公文書偽造罪の客体となるとする多数意見にはにわかに賛成することができない。

公文書偽造罪は、公文書に対する公共的信用を保護法益とし、公文書が証明手段としてもつ社会的機能を保護し、社会生活の安定を図ろうとするものであるとされるが(最高裁昭和五〇年(あ)第一九二四号同五一年四月三〇日第二小法廷判決・刑集三〇巻三号四五三頁参照)、公務員による意識内容を直接保有伝達し証明するものとして、公務員がその権限に基づいて作成する文書たる原本にこそ、右の保護されるべき公共的信用と社会的機能が認められるというべきである。しかるに、多数意見は、公文書のコピーも公文書偽造罪の客体となるとするが、その根拠は、原本の機械的再現というコピーの特質と、コピーが証明文書として原本と同様の社会的機能と信用性を有するという社会的実態に求めるものと解される。しかしながら、右の特質及び証明手段としての社会的機能と信用性の点において、果してコピーを原本と同様のものとみることができるであろうか多大の疑問があるといわざるをえない。すなわち、原本は、原本作成者の意識内容を直接表示し伝達するものとして反証を許さないいわば絶対的な証明力をもつのに対し、コピーは原本作成者以外の者も自由に作成でき、現に多くの文書のコピーが日常生活の中で不特定多数の人達によって作成されているところ、複写機を使った同じ機械的方法によるコピーであっても、原本再現の程度は一様でなく、そのうえ今日の段階ではそれには限度があり、さらに、機械的再現というが、見逃しえないのは、コピーについてはその作成過程で工作を加えるなどして作為的に再現内容を改ざんすることがいとも簡単にできることである。そして、これらのことはすでに一般常識化しており、最早コピーの証明力には限界があることが一般に認識されてきているのである。文書殊に公文書については、特定の限られた公務員のみが作成でき、しかも偽造は実際上容易でないとの一般的な認識があるので、その原本にはそれなりの高い信用性が与えられるのであるが、何人も自由に作成できしかも加工も容易であるそのコピーとなれば、やはりその信用性は低く、証明手段としての社会的機能も原本より劣るといわざるをえない。そのため、コピーが原本に代って利用されるときにも、最終的には原本と照合し確認することが要請され、通常の商取引等においては当然そうしたことが行われていると認められるのである。従って、複写機を使って原本を機械的方法により複写したコピーが、今日広く社会に通用し、社会生活に多くの便益をもたらしていることは事実であるが、しかし、コピーは、原本に表示された原本作成者の意識内容に対しては、間接的な証明機能を果すに過ぎないのであり、あくまでも原本の存在とその内容を証明する手段として便宜的に利用されているにとどまるのであって、原本とコピーとの間には証明手段としてもつ社会的機能と信用性の点でやはり大きな違いがあるといわねばならない。そして、コピーの作成が何人によっても簡単にしかも大量になされる事態が進めば進むほど、原本とコピーとの違いに対する認識は、一般人の間において一層強まるものといえよう。

右のように、公文書のコピーも公文書偽造罪の客体となるとする多数意見の根拠とするところには承服できないものがあり、公文書偽造罪の客体は公務員がその権限に基づいて作成する文書たる原本に限ると解すべきである。文書の虚偽内容のコピーが作成され行使されるのはもちろん望ましくないことであり、それを防止する必要のあることは否定できないが、それが行われるのは、実際には詐欺等の他の犯罪の手段のためであることが多いと思われるので、その防止のためには、それら他の犯罪の処罰の際に犯情の一つとして考慮すれば、ほとんど足りるのであって、もしそれ以上に、虚偽内容のコピーの作成・行使それ自体を独立の犯罪として処罰する必要があるというのであれば、やはりそのための立法的措置を取るべきである。それにもかかわらず、そうした措置を取ることなく、コピーの社会的機能が原本のそれと類似しているということから、虚偽内容のコピーの作成を原本の偽造と同等に扱い、構成要件を拡張解釈して現行偽造罪で処罰しようとするのは、余りに便宜的であり、構成要件の保障的機能を等閑にするものであって、まさに罪刑法定主義に反するものといわざるをえない。多数意見の引用する当裁判所判例は変更すべきものと考える。

右の次第で、原判決の是認する第一審判決が公文書偽造、同行使罪の成立を認めたことは、刑法一五五条一項、一五八条一項の解釈適用を誤ったものといわざるをえない。しかしながら、右第一審判決によれば、当該コピーは詐欺罪の手段として使用されており、被告人は右詐欺を含めて額面総額三二五〇万円にのぼる手形、小切手の詐欺四件を犯したというのであるから、本件の場合、刑訴法四一一条一号を適用して原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないので、結論においては多数意見と同様に上告棄却を相当と考える。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 横井大三 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡滿彦)

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